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横浜地方裁判所 昭和44年(わ)224号 判決

本籍

横浜市港北区日吉町四三八番地

住居

右同所

会社役員

天野修一

明治二三年六月一五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官吉川寿純、同戸叶義雄出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を徴役一年および罰金六、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右徴役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、横浜市港北区大豆戸町二七五番地に本店を置き、精密器機等の製造、販売を目的とする天野特殊機械株式会社(昭和四一年一二月その商号をアマノ株式会社と変更)の代表取締役社長として同会社の経営にたずさわっていたものであるが、所得税を免れようと企て、

第一  自己所有の右会社株式および株式会社三越等他社株式の一部を他人名義として保有し、これに対する配当所得を除外し、右配当金のうち天野特殊機械株式会社株式に関する分を他人名義で同会社に預金し、該預金や他の貸付金に対する利息収入の一部を除外したり、自己が理事長をしている財団法人天野工業技術研究所から小屋寿の名義で受領した給与所得を除外する等の方法により所得の一部を秘匿したうえ、昭和四〇年分の所得金額が合計四、〇六〇万二、九四七円であり、これに対する所得税額が一、四五九万九〇〇円であるのにかかわらず、昭和四一年三月二日同市神奈川区七島町一二七番地所在の所轄神奈川税務署において、工藤ヒサを介して同署長に対し右昭和四〇年度の所得金額が二、一〇八万二、三八六円であり、これに対する所得税額が五五三万八、一一〇円である旨虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の方法により右年度分の正規の所得税額と申告税額との差額九〇五万二、七〇〇円(百円未満の端数切捨)の所得税を免れてほ脱し(所得の内容は別紙第一修正損益計算書記載のとおりである)、

第二  前記第一同様の方法で配当所得、会社預け金等に対する利息収入等の一部を除外し、あるいは自己所有の前記株式、貸付信託、投資信託等の有価証券の譲渡による所得を所得税法の規定により非課税所得とするため右株式の売買取引の大部分を他人または架空人名義で行なってその所得を除外し、これを無記名貸付信託にするなどの方法により所得の一部を秘匿したうえ、昭和四一年分の所得金額が二億八、六三八万四、二六一円であり、これに対する所得税額が一億九、九八六万六、七〇〇円であるのにかかわらず、昭和四二年三月七日前記所轄税務署において前記工藤ヒサを介して同署長に対し右昭和四一年度の所得金額が二、二四五万二、八二八円であり、これに対する所得税額が六一二万三、二六〇円である旨虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の方法により同年度分の正規の所得税額と申告税額との差額一億九、三七四万三、四〇〇円(百円未満の端数切捨)の所得税を免れてほ脱し(所得の内容は別紙第二修正損益計算書記載のとおりである)、

第三  前記第二記載と同様の方法で所得の一部を秘匿したうえ、昭和四二年分の所得金額が一億三、七〇三万七、七二八円であり、これに対する所得税額が八、六七三万二、〇〇〇円であるのにかかわらず、昭和四三年三月一一日前記所轄税務署において、前記工藤ヒサを介して同署長に対し、右昭和四二年度の所得金額が三、二〇八万三一八円であり、これに対する所得税額が九八九万三、八〇〇円である旨虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の方法により同年度分の正規の所得税額と申告税額との差額七、六八三万八、二〇〇円の所得税を免れてほ脱し(所得の内容は別紙第三修正損益計算書記載のとおりである)

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全般につき

一  第二回、第三回公判調書中被告人の各供述部分

一  被告人に対する大蔵事務官の質問てん末書三通(昭和四三年二月一三日付、同年六月六日付および同年九月二日付)

一  被告人の検察官に対する各供述調書(計四通)

一  被告人作成の上申書二通(昭和四三年四月一三日、同年八月二九日付)

一  松崎信、工藤ヒサ共同作成の上申書

一  工藤ヒサ作成の上申書二通(昭和四三年七月六日付、同年九月二日付)

一  今村三郎作成の上申書

一  松崎信(昭和四三年二月一三日付)、工藤ヒサ(同年八月五日付、同月一二日付)、浅賀俊一(同年二月一三日付、同年四月一八日付および同年六月三日付)、長谷川正衛(同年二月一三日付)、黒丸養之助(前同日付)、尾園鉄次郎(前同日付)、林宇一(同年二月一三日付、同月一六日付)に対する大蔵事務官の各質問てん末書

一  浅賀俊一、松崎信、長谷川正衛、黒丸養之助、尾園鉄次郎の検察官に対する各供述調書

一  名義株売買「協定書」二通(昭和四五年押第二八五号の1)

一  名義株念書等九通(同号の2)

一  株式売却代等協定事項覚書等一袋(同号の10)

一  株式売却代預り金処分覚書一綴(同号の20)

一  金銭出納帳三冊(同号の3の3ないし5)

一  株式関係書類一綴(同号の6)

一  持株関係書類一綴(同号の7)

一  株移動明細一綴(同号の15)

一  配当金計算書等一綴(同号の22)

判示第一の事実につき

一  大蔵事務官田中英雄作成の脱税額計算書(昭和四〇年分)

一  同人作成の同年分各脱税額計算説明資料(損益、貸借科目)

一  昭和四〇年分所得税確定申告書一綴(昭和四五年押第二八五号の38)

一  三井信託銀行証券代行部作成の上申書二通

一  領収証写一枚(前同押号の32)

一  中央信託銀行証券代行部作成の上申書(検察官証拠請求番号196)

一  舛田敏司作成の銀行証明書(貸出金銭高および受取利息明細表)

判示第二の事実につき

一  大蔵事務官田中英雄作成の脱税額計算書(昭和四一年分)

一  同人作成の同年分各脱税額計算説明資料(損益、貸借科目)

一  昭和四一年分所得税確定申告書一綴(前同押号の39)

一  被告人作成の上申書二通(昭和四三年九月九日付、同月二五日付)

一  渡辺進の検察官に対する供述調書二通(昭和四四年三月二〇日付、同年四月七日付)

一  秋山博、岩佐凱実、矢田恒久、平河一夫作成の各回答書

一  太田義昭作成の上申書

一  大槻国夫作成の上申書(昭和四三年二月二三日付)

一  浅賀俊一作成の上申書(同年八月三〇日付)

一  株式売買約定書五枚(前同押号の11の7、8および11ないし13)

判示第一、第二の事実につき

一  第八回公判調書中証人工藤ヒサの供述部分

一  被告人作成の上申書二通(昭和四三年六月一五日付、同年九月二日付)

一  被告人に対する大蔵事務官の質問てん末書(同年八月二九日付)

一  株式譲渡関係書類等中の契約書一通(前同押号の11の3)

判示第三の事実につき

一  大蔵事務官田中英雄作成の脱税額計算書(昭和四二年分)

一  同人作成の同年分各脱税額計算説明資料(損益、貸借料目)

一  昭和四二年分所得税確定申告書(前回押号の40)

一  被告人作成の上申書(昭和四三年九月一七日付)

一  渡辺進の検察官に対する供述調書(昭和四四年七月一〇日付、同年九月一九日付)

一  工藤ヒサに対する大蔵事務官の質問てん末書二通(昭和四三年四月一九日付)

一  栗山喜一作成の回答書

一  株式売買約定書一枚(前同押号の11の9)

一  割引債券、短期国債台帳一綴(同号の4)

判示第二、第三の事実につき

一  第五回公判調書中の証人大槻国夫の供述部分

一  第六回、第七回公判調書中の証人工藤ヒサの各供述部分

一  証人大槻国夫に対する尋問調書三通

一  大槻国夫(昭和四三年二月一九日付、同年四月二二日付および同年六月二七日付)、林宇一(同年六月一四日付)、渡辺進(同年七月三日付)、浅賀俊一(同年六月三日付)、工藤ヒサ(同年二月一三日付、同年四月一九日付、同年八月一二日付および同年九月一九日付)に対する大蔵事務官の各質問てん末書

一  工藤ヒサの検察官に対する昭和四四年二月二〇日、二六日付各供述調書

一  大槻国夫の検察官に対する各供述調書(計五通)

一  天野修一、工藤ヒサ共同作成の上申書

一  浅賀俊一作成の上申書三通(昭和四三年三月一一日付=検察官証拠請求番号125、126=同年四月二五日付)

一  勅使河原宏作成の上申書

一  舛田敏司作成の上申書

一  田中英雄作成の株式売買調査書

一  同人作成の銀行調査書

一  森田武道作成の現金、有価証券等現在高検査てん末書

一  大槻国夫作成のアマノ株売買に関する明細メモ(前同押号の45)

一  株式関係書類二枚(同号の19)

一  アマノ株式売買控一綴(同号の26)

一  注文伝票綴三冊(同号の24の2、3、同号の30)

一  株式売買計算書一綴(同号の16)

一  顧客勘定元帳一綴(同号の27)

一  確認書八枚(同号の28)

一  仮名取引のメモ一枚(同号の29)

(弁護人並びに被告人の主張に対する判断)

一  判示各年度の犯則所得のうち株式配当収入のほ脱に関し犯意がなかった旨の主張について。

被告人がその所有に属する天野特殊機械株式会社株式(以下単にアマノ株という)および株式会社三越、キリンビール株式会社等他社株式について、それらの一部を他人名義として保有し(以下これらを名義株という)、これらに対する判示各年度の配当収入を所得税確定申告に際し除外していたことは、検察官の取調に対しても、公判廷でも被告人の自認するところである(検察官に対する昭45・2・25付供述調書、第二回、第三回公判における被告人の供述、昭45・1・26付公訴事実に対する認否書、昭和45・4・14付「ほ脱所得の内容」に対する認否書参照)。ところで、被告人は日常金銭の出納についてはこれを細大洩らさず帳簿に記載していたことが証拠上明らかで(前掲証(昭和四五年押第二八五号)第3号の金銭出納帳参照)、名義株に対する配当金についてもその収入関係を逐一明確に記帳しておるのに、判示各確定申告に際し、自己名義の株式の配当収入だけを申告し、名義株に対するそれをあえて申告より除外したことはとりもなおさず被告人にほ脱の犯意があったものというべきである。なお、本件物証中証第1号の名義株売買協定書、同第10号の株式売却代等協定事項覚書等によれば、被告人は名義株主が真実の株主であるかの如く仮装する文書を関係人間で作成所持していたことが明らかである。株式等の有価証券に限らず一般に経済取引をなすに当ってことさら自己の名義を秘匿して第三者または架空の名義を用いることは、その経済取引の実態把握を著しく困難ならしめるものであり、このような行為に出るのは、常識的にみて、他の目的ないし必要性が存在するにしても、併せて自己の資産ないし所得の実態把握を免れる目的も存在するものであることは容易に推察しうるところで、被告人作成の上申書(昭43・4・13付)、検察官に対する供述調書(昭44・4・25付)等によれば、被告人が名義株を設置しあるいは株式売買に当り第三者または架空名義を用いたことには脱税を専一の目的としたわけではないが、これによって脱税の結果を招来することは承知していたことが窺われ、それによれば、被告人の前記名義株設置仮装文書作成等一連の行為は自己の資産ないし所得の正確な把握を著しく困難にしてこれを秘匿し、延いては税の賦課徴収を困難ならしめるに足る工作をしたものというべく被告人が所論配当収入に対するほ脱の犯意を有していたことは動かしがたいものと認められる。

二  昭和四〇年、同四一年度の各犯則所得中仮名給与否認の主張について。

被告人が判示天野工業技術研究所から小屋寿名義で昭和四〇年中に受領した八八万円、同四一年中に受領した一一二万円の計二〇〇万円につき、所論は、右小屋が同研究所から受取るべき給与を被告人において立替え前渡ししたため、該立替金を被告人が右研究所から回収したものであって、仮名の給与ではない旨主張するので、この点につき検討するに第八回公判中証人工藤ヒサの供述部分、被告人作成の昭43・6・15付、同43・9・2付各上申書、被告人の検察官に対する昭44・2・25付供述調書および証第11号の3の契約書等によれば、被告人が右金員を受領するにいたった事情は次のとおりであると認められる。すなわち、前記天野特殊機械株式会社は昭和三九年頃名義株主の一人であった元同会社社員小屋寿から同人名義の名義称につき、同人が真実の株主であるとして右株券返還等の訴訟を提起され、その訴訟は昭和四〇年六月当事者間に小屋を名目上一定期間前記研究所の嘱託とすること、二〇〇万円をその間の月給、賞与等の前払の形式で支払うとの条件で和解が成立し、現実には同人に対し被告人から同額の金員を支払って解決をみたのであるが、その後、被告人は同研究所に小屋に支給する名目で自己に月給、賞与等として昭和四〇年六月から同四一年一一月までの間計金二〇〇万円を支給させ、右和解による支出金を回収したものである。右の経緯に徴すると、小屋に支払った二〇〇万円を訴訟の当事者でもない右研究所に負担させること自体前掲上申書(昭43・9・2付)で被告人自らも認めているように か筋違いのことに属するが、それは兎も角として、被告人が小屋名義で右研究所から右給与の支給を受けていたことは動かし難いところであり、そこに至る事情がいかなるものであるにせよ、右金員は被告人の給与所得として課税の対象とされてもやむえないのである。税法上給与所得は収入金額から法定の給与所得控除額を控除した残額とされているのであるが(所得税法二八条)、被告人において小屋に対し判示のような事情により二〇〇万円を支払っているからといって、これを控除すべきいわれはなく、自己の受領した給与を他人の所得の如く仮装し、これを申告より除外したのは違法な脱税であって所論は採用の限りでない。

三  昭和四〇年ないし同四二年度の犯則所得中「手数料リベート」を独立した所得の勘定科目とすることを否認する主張ならびにその数額を争う点について。

所論は、被告人が安藤証券株式会社東京支店外務員林宇一から受領した株式売買委託手数料の二〇パーセントに相当するリベートについて、検察官がこれを犯則の雑所得中の一勘定科目に挙げている点を非難し、それは表面上の委託手数料がリベートに相当する分だけ実質的に減額されていたものとみるべきで、リベートが独立した所得の原因となる理由はない旨主張する。

しかしながら、委託手数料は被告人と安藤証券との契約により同会社に支払われる株式売買の経費であるのに対し、リベートは該委託契約とは別個に外務員林宇一個人が被告人との特約により同人に支払いを約した特別の利益であって、委託手数料とはその性質を異にするものであるから、これを雑所得の一つとみた検察官の主張を非難するのは当らない。

次に所論によれば、昭和四〇年一一月右林支払いのリベート五、五二〇円中二四〇円は工藤ヒサの受領すべき分であり、また、昭和四一年一月右支払いのリベート七万六、三七〇円中一、三五〇円は天野貞子の受領すべき分であって、被告人の収入金額は右各金額を控除した残額であるというので、この点につき検討するに、証第7号の持株関係書類中末尾より四枚目表の被告人が作成したとみられる「林のリベート」に関する一覧表によれば、昭和四〇年一一月一八日の三越株の取引に関してその頃五、五二〇円が支払われ、同四一年一月二六日その頃なされたアマノ株、高岳株の取引に関して合計七万六、三七〇円が支払われた旨の記載があるところ、右書類綴二九枚目裏の記載によると右昭和四〇年一一月一八日安藤証券に委託して売却した三越株一万二、〇〇〇株中に「工藤分」として五〇〇株が含まれている旨の記載があり、その手数料は一、二〇〇円でこれに二〇パーセントを乗ずれば右工藤分のリベート額は二四〇円の計算となり、また右証第7号の三一枚目表の記載によると昭和四一年一月一四日、一七日、一八日の三日間に右証券会社に委託して売却した高岳株四、五〇〇株についても特に「貞子」という書込をしてそれが同人の持株であったことを示す趣旨の記載があるほか、前記一覧表にはその分のリベート一、三五〇円の計算関係が他の取引分のそれと区別して記載されている。さらに証第三号の4の金銭出納帳の右各日付に照応するリベート収入の記帳をみると、昭和四〇年一一月二〇日の収入欄中林からのリベートは五、二八〇円である旨、また昭和四一年一月二六日の右リベートは七万五、〇二〇円である旨いずれも弁護人の主張にそう記載が認められる。他方、被告人作成の昭和四三年九月二五日付上申書によれば昭和四一年一月に売却した高岳株は貞子のものであり、昭和三七年五月に買入れた三越株一万株中五〇〇株は工藤のものである旨の記載があり、叙上の証拠関係を総合すると前記一覧表のリベート金額の記載には弁護人指摘のとおり第三者に帰属すべきリベートが含まれており、被告人の実際の収入はその分を差引いた前記金銭出納帳記帳の金額が正しいものと認められる。してみると検察官主張の右各関係年度の犯則所得中手数料リベートの金額は弁護人主張の分だけそれぞれ減額して認定するのが相当である。

四  判示各年度の犯則所得中利息収入のほ脱に関し犯意がなかった旨の主張について。

被告人が右各年度中判示金額の利息を受取っていたところ、判示の各所得税確定申告に際し、右収入分を除外していたことは被告人の自認するところである(前記一に掲げた各認否書および昭45・6・2付認否訂正書参照)。そこで犯意の点につき検討するに、所論の名義株主に対する貸付金の利息、アマノ株式会社への預け金の利息、大福証券株式会社への貸付金の利息などについては、いずれもそれらの収入関係を被告人自身前記証第3号の3ないし5の金銭出納帳に洩れなく記帳している(右会社預け金については単に「会社預け金」とするか「増資引当」または「増資資金」「預り金利子」などとして記帳し、大福証券貸付金利子は証第3号の3の昭和三九年一一月六日、同年一二月一六日の欄に記帳している)。従ってそれらの収入は被告人自身当然知悉していた筈であるのに、これを申告しなかったことはほ脱の犯意を推認させるのに十分である。

五  昭和四二年度の判示犯則所得中割引債券償還差益につき、ほ脱の犯意がなかった旨の主張について。

所論は、昭和四二年七月一日以降に発行される割引債券については税制の改正により(当時の租税特別措置法四一条の一二)、申告納税で清算することを要しない分離課税となったものであるところ、そのような分離課税の情報は同年の初頭から宣伝されていた関係もあって、同年中に生じた償還差益につき、被告人は申告すべき所得であることに気付かなかった旨主張する。

割引債券について所論のような税制改正が行われたことは弁護人指摘のとおりであり、そのような源泉分離課税に関する税制改正の情報が所論の頃から宣伝されていたとしても、当時証券会社の社員と頻繁に連絡のあった被告人が判示償還差益について申告の必要性があることに気がつかなかったものとはにわかに首肯しがたいところであるが、かりに気がつかなかったとしても、所得税ほ脱犯におけるほ脱の犯意は、各勘定科目ごとの個別的な犯意である必要はなく、脱税の意思で過少な申告をすることの認識があれば、かりに所得の一部について脱税の認識がなかったとしても、客観的に免れた全税額について、すなわち過少申告ほ脱犯にあっては実際税額と申告税額との差額全部について犯意がおよび、従って右差額全部について所得税ほ脱犯が成立するものと解するのが相当である。本件についてみると、判示各年度の被告人の所得中配当所得その他前段で説明した各所得につきすでに脱税の犯意があったものと認められることはさきにのべたとおりであるが、被告人の当公判廷における供述ならびに検察官に対する供述調書等によれば、被告人が右年度の所得について過少申告の認識を有していたことは明らかであるから、所論割引債券償還差益を含めた同年度の客観的脱税額全部につき所得税ほ脱犯が成立するものというべきである。

六  昭和四一年、同四二年度の判示犯則所得中株式譲渡所得に関し、ほ脱罪が成立しない旨の主張について。

弁護人は、検察官が右各年度に被告人がしたアマノ株等の売買は優に二〇万株を超え、その回数も五〇回以上であるから右取引による所得は所得税法九条一項一一号のイ、同法施行令二六条一、二項により当然課税の対象になる旨主張するのに対し、右施行令二六条二項は法律の授権の範囲をこえた無効のものであり、被告人のした右取引は営利を目的とした継続的行為としての要件に欠けるから、これによる所得は同条一項の所得にも該当せず、結局同法九条一項一一号本文により課税の対象とならない。かりに右施行令二六条二項が無効でないとしても、右各年度における被告人のしたアマノ株の取引回数は五〇回未満で、その取引は営利継続性に欠けるからその所得は非課税のものというべく、これにつき、ほ脱罪は成立しない旨主張する。

そこで、先ず右施行令二六条の一、二項について検討すると、本件当時施行の所得税法(昭和四八年四月法律第八号による改正前のもの)九条は所得税を課さない所得を列挙し、その一一号において有価証券の譲渡による所得でイからハまでに掲げる所得以外のものとして、有価証券の譲渡による所得は一応原則として非課税としながらも大幅な例外を認め、そのうちイにおいて継続して有価証券を売買することによる所得で政令で定めるものを含めているのである。すなわち継続して有価証券を売買したことによる所得は課税の対象となることを法律自体において明示している。ただ何をもって継続した売買と認めうるかの基準については流動的に変遷してやまない複雑な現代の経済現象から見て、これに対処して公平的確な課税を実現するためには、法律で一義的に規定することはかえって相当でないと認め政令に委任したものと解されるのである。進んで右政令の規定の内容を見るに、第一項において、有価証券の売買を行う者の最近における当該有価証券の売買の回数、数量又は金額、取引の種類、資金の調達方法、施設その他の状況に照らし営利を目的とした継続的行為と認められる取引か否かを判定の基準としているのであり、第二項においては、その年中の売買回数が五〇回以上でかつその株数又は口数の合計が二〇万以上であるときは、その他の取引の状況の如何にかかわらず、その回数、数量が著しく多大であること自体によって営利を目的とした継続的取引に当るものとするもので、それらの基準はいずれも社会通念に照して明確に識別することができるばかりでなく、租税の基本原則からみても妥当な範囲において前示法律の規定を具体的に補充敷衍するものであると解されるのであり、所論のように右施行令二六条二項が法律の規定の趣旨を逸脱するものとは到底認められない。それゆえ右規定が無効であるとの弁護人の主張は理由がない。

次に、前記のとおり争点となっている昭和四一年、同四二年中に被告人のしたアマノ株等の株式の取引回数の点につき検討するに、前記施行令二六条二項に規定する株式の売買の回数は、証券会社に委託してその売買を行なった場合にはその委託に基いて証券会社が行なった取引の回数のいかんにかかわらず、委託者と証券会社との間の委託契約ごとにそれぞれ一回とするのが行政解釈であり(昭三六・一一・一二付直所一-八五直資一一三(2)国税庁長官通達)、右の解釈を相当とするところ、委託契約の回数は委託者側からみると銘柄の種類、値段、株数、売買の別、注文期間等を要素とする注文の回数に還元しうるものというべく、また、株式を証券業者を介することなく直接売買した場合には、各取引の契約ごとに一回とみるべきことはいうまでもない。そこで右の計算方法を基準として、前示各年度に被告人が日興証券または安藤証券に委託してなした売買のほか法人等に対し直接売却した分を含めて、株式売買の回数をみるに、関係証拠とくに、右関係各証券会社の作成に係る注文伝票綴(証第二四号の2、3、証第三〇号)前掲持株関係書類(証第七号)、株式売買計算書(証第16号)、大槻国夫作成のアマノ株売買に関する明細メモ(証第45号)、安藤証券作成の顧客勘定元帳(証第27号)、各法人との株式売買約定書(証第11号の7、8、9および11ないし13)等の物証に、証人大槻国夫に対する各尋問調書、第五回公判調書中の右証人の供述記載、同人の検察官に対する各供述調書、同人に対する大蔵事務官の各質問てん末書、林宇一、渡辺進に対する大蔵事務官の各質問てん末書、田中英雄作成の株式売買調査書等の各書証を総合すれば、その回数は各年度とも優に五〇回を超えていることが明らかである。すなわち、右の証拠によれば、両年度を通じ専ら被告人との取引を担当した日興証券社員大槻国夫、安藤証券外務員林宇一の両名はいずれも被告人の株式売買の注文の状況について、売り買いとも大部分は一日一回のいわゆる当日限り有効の注文であった旨明言し、その供述は互いに軌を一にし、あるいは取調の過程を通じて一貫している。他方被告人のした株式取引に関する前記各注文伝票の記載をみるに、日興証券関係では、昭和四一年中前後一〇六日間にわたる取引の注文伝票計一一六枚および同四二年中六日間にわたる取引の該伝票計一二枚につき、その注文が「今週限り有効」であることを示す「B」の表示をしたものは一葉もないので、いずれも当日限り有効の注文であったことが窺われるし、安藤証券関係では、昭和四一年中前後四八日間にわたる取引(前記三で述べた天野貞子分高岳株の取引関係を除く)の注文伝票計五五枚および同四二年中六三日間にわたる取引の該伝票計六七枚のうち、アマノ株以外の他社株式の取引につき、数回「解約まで有効」の約定で注文した形跡があるほか(昭41・2・3、同41・4・4、同41・4・6、同41・4・18同41・6・20付各伝票参照)、主たる取引銘柄であるアマノ株については、同年一一月一四日滝口勇名義をもってした三、〇〇〇株と二、〇〇〇株の計五、〇〇〇株の買付注文と同日工藤ヒサの名義をもってした一、〇〇〇株の買付注文について同旨の注文をした旨の記載がみられるだけで、他はいずれも当日限り有効の注文であったことが明らかである。さらに、前記持株関係書類の三三枚目の被告人がした昭和四一年一月から同年七月一五日までの各仮名取引名義人ごとの回数計算(その合計は七〇回と算出)の記載部分をみると被告人自身ですら当時概ね一日一回の認識のもとに右の計算を試みていたことが窺われ、右のような状況をみると、被告人の注文は概ね一日一回の割であったとする前記大槻、林らの供述は十分根拠のあるものと認められ、右供述に基き前掲各証拠を総合すれば、その取引回数は両年度とも被告人が右各証券会社に委託した取引分だけでも五〇回をはるかに上廻るものであったことは明らかである。この点に関し、被告人は自己の経営するアマノ株式会社のため大口安定株主の確保、同社株の市場における流通性の促進をはかり、右株式の売買注文の実情は五万株ないし三〇万株の大口の一括注文を断続的に行なっていたもので注文回数は各年度とも五〇回には達しなかった、かかる注文を証券会社の担当者が注文者の意思に背き勝手に分割執行した傾きがあるなどと弁疏し、弁護人はこの弁解を裏付けるものとして右証券会社役員須貝謙三、安藤正敏作成の各回答書(被告人作成の昭43・9・10付上申書にその写が添付されている)、大槻国夫作成の覚書(証第47号)等を援用する。

しかしながら、被告人のアマノ株売買の基本に右主張のような方針があったことは否定できないとしても、その主張のように証券会社担当者が注文者の意思を無視して大口の一括注文をことさらに分割執行していたと認むべき資料はない。思うに価格の変動が激しく、その予見さえ容易でない株式売買に当り、金銭的にきびししい性格(大槻国夫、工藤ヒサの各証言参照)の被告人が変転きわまりない市場の気配、動向に無頓着にその主張するような概括的で大口の一括注文のみに終始していたとはたやすく信用しがたいところであって、法定帳簿である注文伝票にあらわれた個々具体的な注文の態様が被告人の主張とはるかにかけ隔ったものであることはさきに触れたとおりである。また、弁護人の援用する前示回答書、覚書についてみても、各作成者の証言により明らかなとおり、それらはいずれも本件査察開始後被告人の依頼に応じて作成されたもので、その記載内容も被告人の本件アマノ株売買の背景底流に前記のような方針、計画があったことを窺わせるにとどまり、具体的な注文の態様が被告人のいうごときものであったことを裏付けるには足りない。その他前段の認定を覆えし被告人の主張を肯認するに足る証拠は存在しない。

ところで、昭和四一年、同四二年度とも被告人の売買した株式数が優に二〇万株を超えることは被告人も争わず、証拠上明白であり、その取引回数がそれぞれ五〇回以上であったことは前記認定のとおりである。してみると、その売買による所得は所得税法九条一項一一号イ、同法施行令二六条二項により営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じたものとして当然課税の対象となるのであり、アマノ株の売買が営利を目的とするものでなかったとする弁護人の主張につき判断を加えるまでもなく所論は理由がない。

七  本件株式の譲渡所得に関し、課税所得と非課税所得とを区分すべきであるとの主張その他について。

弁護人は判示株式の譲渡所得につき、被告人が従前より所有していたアマノ株や他社株式はいずれも資産株であってその放出または処分による所得はいわゆるキャピタル・ゲイン(資本利得)として有価証券譲渡所得非課税の規定に該当するので課税対象から除外さるべきであり、課税の対象は買入株を売却した分だけに限らるべきである旨主張するが、法の趣旨にそわない独自の見解であって採用できない。

所論はまた本件株式の譲渡原価の計算の方法について所得税法施行令一一八条による総平均法に準ずる方法を排し、いわゆる後入先出法により評価すべきである旨主帳するけれども、同令一一八条が有価証券の取得費(譲渡原価)の計算に総平均法に準ずる方法を採用しているのは、有価証券はその銘柄を同一にするものについては、その取得時のいかんにかかわらず同一、同質であるという有価証券の特質に著目したがためであり、その計算方法は合理的なものというべく、政令により右の評価方法が規定されている以上、これに従って算定するのが至当であり、所論のように別異な評価方法は採用の限りでない。

八  検察官主張の昭和四一年度のアマノ株の譲渡額の一部を争う点について。

所論は、昭和四一年一一月下旬頃被告人がアマノ株式会社に譲渡したアマノ株二、〇〇〇株(同会社はこれを木村久米三に贈与)の代金は検察官主張のように三六万円ではなく、三六万三〇〇円である旨主張するが、前掲同年度の脱税額計算説明資料(損益科目一六六頁)、証第3号の4の金銭出納帳(昭41・12・30、同42・2・16、同42・3・18の各収入欄)の各関係部分の記載等を総合すれば、右譲渡額は検察官主張のように三六万円と認められ、この認定を左右するに足る資料は見出されない。

九  昭和四一年、同四二年の判示犯則所得中投資信託、貸付信託および割引債権等の有価証券譲渡所得につき、ほ脱罪の成立を否認する点について。

所論は、所得税法施行令二六条二項が前記「五〇回」「二〇万」の算定の対象を株式又は出資のみに限定しているところから、株式又は出資以外の有価証券の譲渡所得は課税の対象とはならない旨主張するが、同令二六条二項が五〇回、二〇万〇計算を専ら株式又は出資のみに限っているのは、所論のようにそれ以外の有価証券の譲渡所得を課税対象から除外する趣旨ではない。投資信託や貸付信託等の有価証券は株式や出資と較べ額面額も異なり、通常頻繁に譲渡されるものではなく、取引の回数、株数、口数の計算上株式や出資と一括するのが適当でないから、単にそれらを右計算の対象から外したに過ぎないのであり、その者の年間の株式又は出資の売買が五〇回、二〇万以上であれば当然それら有価証券の譲渡による所得は株式又は出資の譲渡による所得と一括して課税の対象となることは右条項の文理上明らかである。なお、投資信託、貸付信託等の利子又は配当が源泉分離課税であっても、右有価証券を譲渡した場合の差益まで非課税となるものでないことは多言を要しない。

一〇  配当負債利息の主張その他について。

所論は、昭和四一年、同四二年中に被告人が三菱信託銀行横浜支店に対し同支店から当座借越による借入金の利子として支払った分について、これを株式売買による課税所得の必要経費とみるべきではなく、これを配当負債利息(配当所得計算上の負債利子すなわち必要経費)と認められるべきである旨主張する。

しかし、被告人に対する昭43・9・2付大蔵事務官の質問てん末書によれば、所論の借入金は株式売買の資金調達のためのものであると認められるので、右各年度の雑所得中株式売買益の必要経費と認めるのが相当であって、所論は採用できない。

所論はなお、右支払利息の数額を争うが、前掲田中英雄作成の銀行調査書中同銀行横浜支店関係台帳写綴一〇九枚、一一〇枚目の被告人名義の第二七八一号当座預金元帳写、前掲各脱税額計算説明資料の関係部分(昭和四一年度損益科目一九七頁、一九八頁、同四二年度同科目二五〇頁)の各記載を総合すれば、右支払利息は検察官主張のように昭和四一年には計九七万三、三〇五円、同四二年には計四万二、八八八円であったと認められこれに反する弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一ないし第三の各所為はいずれも所得税法二三八条一項、一二〇条一項三号に該当するところ情状により懲役刑と罰金刑を併科することとし、なお免れた所得税額がいずれも五〇〇万円を超えるので同法二三八条二項を適用して罰金額は五〇〇万円を超えその免れた所得税額に相当する金額(第一については九〇五万二、七〇〇円、第二については一億九、三七四万三、四〇〇円、第三については七、六八三万八、二〇〇円)以下の範囲内で処断すべく、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示第一ないし第三の各罪所定の罰金額を合算し、その刑期および金額の範囲内で被告人を懲役一年および罰金六、〇〇〇万円に処し、同法一八条を適用して、被告人において右罰金を完納することができないときは、一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、なお諸般の情状に鑑み右懲役刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法二五条一項により本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市川郁雄 裁判官 古口満 裁判官 島田充子)

別紙第一

修正損益計算書

租税犯の類型

過少申告脱税犯

自昭和40年1月1日

至昭和40年12月31日

〈省略〉

別紙第一(続)

修正損益計算書

〈省略〉

別紙第一(続)

修正損益計算書

〈省略〉

別紙第二

修正損益計算書

租税犯の類型

過少申告脱税犯

自昭和41年1月1日

至昭和41年12月31日

〈省略〉

別紙第二(続)

修正損益計算書

〈省略〉

別紙第二(続)

修正損益計算書

〈省略〉

別紙第二(続)

修正損益計算書

〈省略〉

別紙第三

修正損益計算書

租税犯の類型

過少申告脱税犯

自昭和42年1月1日

至昭和42年12月31日

〈省略〉

別紙第三(続)

修正損益計算書

〈省略〉

別紙第三(続)

修正損益計算書

〈省略〉

別紙第三(続)

修正損益計算書

〈省略〉

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